千葉県勝浦を散策し、B級ご当地グルメ「勝浦タンタンメン」を食す
千葉県勝浦を散策
房総では銚子に次ぐ漁獲高を誇る港町・勝浦へ行ってみた。
JR外房線勝浦駅で下車し、市内の寺や神社を見学し、400年以上の歴史があるという朝市を訪ねた。
その後、岬の突端まで歩き、勝浦城跡がある八幡岬公園、勝浦灯台、官軍塚を訪ねた。そこにも意外な歴史があった。
見物の後は、勝浦のB級ご当地グルメ「勝浦タンタンメン」を堪能。
勝浦へのアクセス
東京駅から特急わかしおで約1時間30分。
高照寺。門前には「勝浦朝市発祥之地」と書かれた標柱が立っている。
高照寺の境内には、推定樹齢1000年以上のイチョウの大木がある。乳公孫樹(ちちいちょう)とよばれ、お乳の出がよくない母親の参詣が多いという。
遠見岬神社。3月には60段の石段にひな人形が飾られるという。
遠見岬神社は高台にあるので、境内から勝浦の町を一望できる。
400年以上の伝統を誇る勝浦の朝市は、天正年間時の領主植村土佐守泰忠が開設したと伝えられている。泰忠は領民に農業を奨励し漁法を教え、それらの収穫品を交換する目的で市を開いたという。
早朝から約70の露店が並び、勝浦漁港などに水揚げされた近海の魚介類のほか、地元の農家でとれた野菜や果実、民芸品や生活雑貨などが売られている。
あるお店のおじさんがサバをバーナーであぶって食べさせてくれた。脂がのっていて最高にうまかった!
八幡岬公園。室町時代から3代に渡って続いた勝浦城主正木氏の居城跡に整備された公園で、散策路が整備され、岬の突端の展望広場からは勝浦灯台や勝浦湾、太平洋の大海原が目前に広がる。
園内には3代正木頼忠の娘、お万の方の像がある。天正18年、勝浦城落城の際、14歳だったお万の方は幼い弟と母と一緒に40mもある八幡岬の断崖に白い布をたらして下へくだり、小舟に乗って逃れたという。この断崖は「お万の布さらし」の地として今に伝えられている。
その後、お万の方は徳川家康の側室となり徳川頼宣(紀伊家)、徳川頼房(水戸家)を生んだ。水戸黄門で知られる徳川光圀は頼房の子で、お万の方の孫にあたる。
法華経に帰依して信仰の心厚く、数々のすぐれた業績を残し77歳で生涯を閉じた。
与謝野晶子の歌碑。勝浦を訪れた際に詠んだ歌が刻まれている。八幡岬公園から勝浦灯台へ向かう道の途中にある。
与謝野晶子の歌碑のあるところから見た勝浦港。
勝浦灯台。海抜70mの丘の上に建つ。大正6年3月1日に初めて光が灯された。高さは21mある。外洋航路の安全に重要な役割を果たしている。
離れたところから見るとこんな感じ。
官軍塚。戊辰戦争の末期、米国船ハーマン号が熊本藩兵を乗せて函館五稜郭へ向かう途中、川津沖の岩礁地帯で難破した。地元の人たちが総出で救助に当たったが、多くの人が亡くなったという。その供養のためにつくられた場所。
今回の旅の目的のひとつが「勝浦タンタンメン」を食べることであった。見物が終わったので、勝浦駅から歩いて5分ほどのところにある「ニュー福屋」さんに入った。
勝浦のタンタンメンは、海女さんや漁師さんが寒い海仕事の後に冷えた体を温めるためのメニューとして約50年前に生まれ、定着してきたもの。
特徴は通常のゴマ系と違い、醤油ベースのスープにラー油が多く使われたラー油系タンタンメンであること。具材はみじん切りの玉ネギと挽肉が入るのが一般的。お店によってはニンニク、ニラ、ネギが入ったり、スープも味噌ベースのところもありと、各店が特色を生かしたタンタンメンを提供している。
食べてみるとラー油がピリッと辛い。通常よく食べるタンタンメンと違い、ゴマの香りはしない。スープの中には玉ネギがたくさん入っている。なるほど、これなら冷えた体も温まる。
勝浦タンタンメンを提供している店は、市内各地に点在している。この旗が目印。
感想・気づいたこと
・勝浦へ行くには特急わかしおが便利で快適。京葉線経由なので葛西臨海公園、東京ディズニーシー、ディズニーランドなどが見えて楽しい。
・勝浦の市街地はそれほど広くないので、寺と神社と朝市だけを見るなら1時間くらいで見て回れる。八幡岬公園までは駅から徒歩で30分ほど、官軍塚へは駅から徒歩で45分ほど。もちろん車道もあるので、車でも行ける。
・勝浦タンタンメンを提供している店はあちらこちらに点在しており、旗が目印。漁港があるので海の幸が食べられる店もある。新鮮な魚介類も食べてみたかったが、今回はタンタンメンを選んだ。
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